吉田拓郎 スペシャルLIVE 「春だったね2026」について、私なりの所感を書いて、アップしてみます。
【選曲】
①吉田拓郎作詞限定のセトリでなかったことは、良かったと思います。拓郎の詩が悪いとかではなく、2019は選曲の偏りが否めなかったからです。岡本さん、松本さん、喜多條さん・・・たくさんの名作を最初から取り除くのはどうかと思います。
②「あゝ面白かった」からの選曲が3/(19曲+レックス+洋楽)というのも、まあ、拓郎が今の気持ちに近いものをやりたかったんだろうからよかったかな。なら、終盤でタイトル曲をやって欲しかったなあ。
③「落陽」と「人生を語らず」がダブルでイン。「春だったね」も入れると定番トリプルイン。んー、定番がいいのかなみんな。
④うるさめの曲多し。→→→これは、ストリングスシリーズ後の2012からの傾向でしょうか。#1・4・6・7・10・14・15と、シャウトしてましたね。ライブだからうるさいのを演るのが好きなのかな。元気でよろしいが、私はちょっいとゴメンw
⑤なんでまた「純」するんだろう?もう、ライブ音源としていいアレンジで残せたのじゃないの?そんなに「そこどけ」が好きなの?「王様たちのハイキング」やったんだから、「そこどけ」は2曲もなくていいんじゃない?
⑥そして、2019での拓郎作詞以外は除外の裏で行われていた「第一婦人・第二夫人」との恋愛を想起する曲の排除は今回も執行されていました。もういいじゃない。許してやれよ、あの恋を。あれらこれらそれらの恋を。
⑦意外な選曲がありませんでした。「レックス」以外は「まあ、やるかな」という曲が並んでいました。例えば、黄金の1970年代以外でも「僕を呼び出したのは」とか歌ってくれたら嬉しかったのだけれど。本当は「あの娘に会えたら」を歌ってくれるのではないかと密かに期待していたのですが・・・。まあ、全ファンのリクエストに応えられることはできなくても、なんか1曲、変化球が欲しかったです。
⑧2019に引き続き、ラス前に「今夜も君をこの胸に」でしたね。現夫人への敬意と謝意と脅威からでしょうか。「俺を許してくれ」まで歌わなくって良かったですw
⑨今回の選曲には「自分らしく、心のままに」という拓郎の基本路線を表現した曲が多かったです#1-2・2・3(らしいの連発)・4・7・8・10・12・13・14・15・17と凄い数です。まあそれは本質だからそうなるのだろうけれど。恋愛系・虚しくて寂しい系がもう少し欲しいなあ。
⑩洋楽メドレーもやりそうなきょくだったけど、「My Girl」をやってくれたのは個人的に嬉しかったです。
【演奏について】
ボーカリストとしての吉田拓郎。活舌も悪くなるし、声がしゃがれるし。80歳のお爺さんなりの声になっています。なのに、80を超えてこんなに気合の入った選曲をしていることがまず凄いと思います。もっとしっとりとした曲をしっとりと歌う選択もできただろうに(次はそうしてくれよ御大w)。なぜそんな選択をするのかと言うと、私が思うに、ドカドカうるさいロックン・ロールバンドを携えてシャウトするのが好きなんでしょうね。最初から声がしゃがれていたので、大丈夫なのかなと思ってしまいました。「純」の中で「僕の命この世に捧げてしまっていいさ」と、「Contrast」の中では「一本の道が見えました 私はそこを進みます」と歌っているし、一時はステージで死にたいとの発言もしていたので、相当な覚悟でこのライブに臨んでいることが伝わってきました。
「ガンバラナイけどいいでしょう」と歌いながら最後まで頑張る男、吉田拓郎に心から拍手です。パチパチパチ。
バックバンドが安定していたのも素晴らしかったです。2本のエレキの右側のお兄さん(遠山哲朗)が走る様に、跳ねるように引いてくれたのが、新鮮でした。リズム抜群で躍動感があるため、年齢層が高くなってきている定番のバックメンバーに良い刺激を与えたと思います。
サックスの浜崎賢太も炸裂する感じではなく、抑え目ながらも心地のよいインサートをしてきましたね。全体的にどの演奏にも無駄がなく、各パートの受け渡しが見事でした。2回のみの公演の2回目でこれだけのクォリティーを見せてくれるのは流石です。拓郎が大阪公演では特にバックが熱くなっていたと語っていましたが、本当に一体感がある素晴らしいバックバンドでした。
個人的にはちょっとジャージーなアレンジで2019の時とはまた様相が違った「今夜も君を子の胸に」がベストな演奏でした。
欲を言うと、バックコーラスも素晴らしいまとまりを見せてきていますので、歌詞をかぶせるのではなく、「ウー」とか「アー」とかの声でかぶせる方法(パッド・コーラスと言うそうです)ももう少し聞かせてほしいです。特に「今夜も君を子の胸に」にかぶせると非常に心地よいのではないかと思います。
武部・鳥山という2大巨匠はどっしり構えていましたし、LOVE2あたりから見かけるようになった村石さんのドラムもシャープで冴えていました。村田昭(新加入?)のベースも的確でしたね。
これだけ凄いメンバーを集めたのだから、是非、冬のツアーをセトリを大更新してやってほしいです。目的地は広島・鹿児島でツアー名は「冬なんです」ですww
【MCについて】
公式のLIVE映像やCDだけでは分からない拓郎のMCと独特の会場の雰囲気というものがあり、ファンはそれを楽しみにして足を運んでいます。長い間ラジオで話してきただけあって、拓郎の話は面白いです。曲の合間にファンをいじったり、毒舌吐いたり、心にもないことを言ってみたり。どうでもいい事(大阪なのでお好み焼き・たこ焼きの話)をわざわざライブで話す拓郎の姿も、ファンにとってはとても貴重な時間です。
「アマチュア時代はロックバンドをしていて、リズムアンドブルースに傾倒して、俺はフォークじゃねえんだよ・・・」
というここ最近の繰り言をまたもやしつこく話していました(笑)。「ライブやめるやめる詐欺」も健在です。1979のツアーで「やめようかと思っていたけど続けるわ」と言っていたところから数えてももう50年近くになります。「昔の曲はもうやらない」とか、「アンコールは受け付けない」とか「飽きた」とかとか。2000年台に入ってからは本人の体調不良問題もありました。
いつの間にか80歳という年齢になり、LIVE2019の時には「まだやれるだろうに、やめちゃうのかな」と思っていたのが今回は「体力的には限界かも知れない」と感じるようになりました。LIVE2026を拓郎まだまだ健在と受け止めるのか、そろそろもう限界と受け止めるのか?
相変わらずのくだらないMCを聴きながら、拓郎とファンとの親密な時間がこの先いつまで続くのかと思うとなんだか焦燥感もあります。
LIVE2026のDVD版に収められているMCは短く抜粋されたものです。LIVE2009を収録したCD「18時開演」は「MCを含めた全LIVE時間の収録3枚組」という異例の形式で販売されました。DVD・Bluerayでも同様の「全収録版」があればよいのにと思ってしまいます。
【ライブをめぐる状況】
今回のライブは2019年「Live 73years」以来7年ぶりのライブとなりました。「Live 73years」は1973年の神がかり的なライブをモジった73歳を記念するライブでした。2019年にも引退するのかしないのかハッキリしない言説が流れました。1979年のツアーあたりから、本人の「ライブ続行or撤退」に対する迷いが消えないようです。半世紀近い迷い・・・。
「ライブ続行or撤退」に対してはファンも慣れています。2度の癌や体調不良が続いた2000年代も含めて、私も楽観と不安の間を行き来しています。引退説に関しては半信半疑のファンが半分ぐらいではないかと思います(個人的体感です)。今回のライブに関しては拓郎はとても上機嫌なようで、まだ続けそうな雰囲気があります。
73yearsに7年を足すと今回は80歳となり、拓郎の個人的な体調うんぬんの話ではなく、「80歳の老人がまだ大規模なロックン・ロールのライブができるのか?!」という疑問は普通にありました。昔からの熱心な拓郎のオーディエンスはおそらく65~80ぐらいが中心層でしょう。現在63歳の私でさえ、30分立ちっぱなしは苦しいし、拓郎より先に自分の寿命が尽きる可能性が高くなっいるのではないかと案じるようになってきています。
比較は難しいかも知れませんが、こんなにドラムやエレキをガンガン鳴らしてシャウトするライブを老人が大きなホールで敢行している状況は前人未到の偉業ではないかと思います(知らんけど)。ミックジャガーが81歳で大規模ツアーを行っていますが、今年の新譜に伴ったツアーはしないとの事です。日本人なら、矢沢永吉が来年2027に78歳でライブに挑むらしいですが、まあ、矢沢は矢沢、拓郎は拓郎、私は私です。ファーストペンギンとしての今回の活躍は立派と言うしかないです。記録は塗り替えられてゆくものだから。
公演は2回のみであっても拓郎が完璧を目指したがるため、リハ等に出費がかさむのもあってか、チケットは高額になりました。遠方から来るファンは特に散財する羽目になったと思います。それでもチケットが争奪戦になるというという状況も凄いです。ファンの中心層が年金収入に頼っている年代であることも考えると、心は痛みますし、高齢者があの立ちっぱなしの騒々しいライブに付き合うことに関しても大丈夫かと思います。でも、プライスレスな価値というものはあると思います。拓郎自身が以前、「ステージで倒れて死ぬらなら本望だ」といった意味の発言をしていました。ステージでも客席でも救急車を呼ぶ事態にならなかったのは冗談抜きでよかったです。
これだけ長きにわたってLIVE活動をし、アルバム(13作品)と映像(25作品?)を残してきたミュージシャンはなかなか思いつけません。「日本記録」という意味では多分、矢沢永吉に持って行かれるのかも知れないです(知らんけど)。世界ではローリングストーンズという巨星がとんでもない活動期間を記録しているものの、公式LIVEアルバムは10枚程度です(ストーンズは海賊版LIVEアルバムが把握しきれないほど存在します)。調べてみると意外にも小田和正のLIVEアルバムはオフコース時代を含めて2作品のようです。でも、2位じゃダメなんですか。5位でも6位でもいいじゃないですか。大病以降は「拓郎なりのペース」になってしまいましたが、LIVE作品の数を数えても、拓郎のライブ活動はたいへんなエポックメイキングであったと思います。ROCKライブパフォーマーとしての拓郎の一面は、(LIVE75のつま恋の話ばっかりではなく)もっと評価されてもいいと思います。
CD(物理的な意味での「盤」)はもう絶滅へと向かうのかも知れませんが、今回も14枚目ライブアルバムとなるCD版LIVE2026を出してほしかったと思ってしまいます。
では、今回のライブの意義は何だったのでしょう。拓郎本人に言わせれば「意義なんてねえよ。やりたいからやるだけだよ!」と言われそうですね(笑)。
80歳という高齢。2公演のみ。LIVE2019のセトリからは拓郎自身以外の作詞である曲が排除されていたのに比べると、拓郎以外の作詞者の曲が6曲並んでいます。ついでに洋楽3曲のカバーまでしましたし。ツアータイトルからして「春だったね」であり、拓郎作詞の曲ではありません。「おけいさん・美代ちゃん」との恋愛曲はLIVE2019同様にセトリから排除です。LIVE2019同様に「今夜も君をこの胸に」(多分現夫人との逢瀬を歌っている)をラスト(アンコール前)に持ってきたのも今の奥さんへのリスペクトなのでしょう。
今回のライブで歌われた曲たちの多くには「自分らしく、心のままに」という意味の拓郎の基本路線と言える言葉が並びます。「悲しい虚しい寂しい」という鬱・哀愁色が強めの曲は選曲されていませんでした。個人的には鬱・哀愁系も好きです。「蒼い夏」みたいな淡彩色系の曲も好きです。今回のメンバーなら「ガラスの言葉」をジャズっぽく演奏できたろうにとかも考えてしまいます。アンコール曲「ガンバラナイけどいいでしょう」も「鬱っぽい」「人生につまづいた」とは言っているけれど、結局は現状を受け入れた上でシャウトしながら歌い切りました。頑張れる範囲で頑張っているのでしょう。「2公演のみ」も頑張れる範囲なのでしょう。
鬱・哀愁系の曲をしんみりしたアレンジで聞きたかったファンも多いかと思いますが、ドラムやエレキをガンガン鳴らしながらシャウトし通しました。「自分のアマチュア時代の原点はロックであり無ジャンルで、フォークと限定して呼ばれるのは不本意だった」と最近しつこいほど繰り返している想いを貫きたかったのでしょう。
拓郎の作風の特徴は、1つのアルバム、1つのライブの中に「躁と鬱」「哀愁と喜楽」「否定と肯定」が同居していて、その間を揺れ動く心情が表れていることだと思っています。1つの曲の中でさえ揺れています。例えば「どうしてこんなに悲しいのだろう」では「悲しいから人に触れたい」という心情と「一人で心を閉ざしたい」という心情が同居しており、聴いていて訳が分からなくなってきます(笑)。まあ、ライブにしたって「やりてえ」と「やめちまいたい」が同居して行ったり来たりでしたからね。
2公演限定のライブは名古屋と大阪の2会場を選択しました。前回のLIVE2019でDVDの映像にチョイスした名古屋は拓郎にとってもはやホーム。大阪人も元々ノリがいいし、2009年に体調不良で中止したことへのお詫びという位置づけもありました。拓郎は遠距離を移動することを苦手にしているようですが、そこを乗り越えての大阪公演も執念があっての事だったと思います。執念が実って大阪公演は多幸感に包まれたと拓郎本人が言っています。よく頑張った(笑)。
これらの事から今回のライブを総括すると、拓郎は今、「今の自分を大切にしたい、自己肯定をしたい」と思うようになっているのではないかと私には思えるのです。様々な逆風を受けながら、次々に業界の慣習を壊して新しい道を切り開いてきた自分をそろそろ肯定しようでないかという想いがあるのでしょう。「今の自分を棄てるのは今なんだ」(「間に合うかもしれない」)という破壊と激変の時期を経て、「今の自分も過去の自分ももう、許して愛してあげればいいんじゃないか」という境地にたどり着いているのではないかと思います。最近の発言からもそうなのだろうと思います。
1995年、中島みゆき嬢は拓郎への提供曲「永遠の嘘をついてくれ」の歌詞に「何もかも愛ゆえのことだったと言ってくれ」「出会わなければよかった人などないと言ってくれ」というメッセージを込めました。あれから約30年。時に病み、時に歌い、時に嘘をつきながらも、自己肯定するようになった拓郎が嬉しいです。LIVE2019も自己肯定感がありましたが「早送りのビデオ」や「俺を許してくれ」といったネガティブな感情系の選曲がありました。LIVE2019の後のコロナ(2020年)からのアルバム「あゝ面白かった(2022年)」を通って否定少な目の地点(笑)に着地出来た気がします。(なぜ「あゝ面白かった」自体を歌わなかったのかは不思議な気がしますが・・・)
ツアーのタイトル「春だったね」も、単に消えてしまった過去を悔んだり懐古しているのではなく、青「春」時代を肯定的に見ているという含みがあるのではないかと感じています。その時々の「らしい自分」と今の「らしい自分」を大切にしているのではないかな、と。
私はこのライブ(2026)、好きです。
【これから】
LIVE2026は見事な復活劇になりました。高額チケットという作戦に打って出たることによって、2回公演であっても豪華なミュージシャンとガッツリリハーサルをして上質のステージを届けることができました。オーラスに「がんばらなくてもいいでしょう」を持ってきたのは、拓郎自身がこの先も自分の体の状態を鑑みながら音楽活動を続けていくよというメッセージであると受け止めました。
そこで、ファンにとっての関心事は「この先、LIVE活動を続けるのか」でしょう。今回の元気な生拓郎を見たら、大きな都市の最大級のホールで何公演もやってくれるのを期待してしまいますが、そういうのはファンの想像を超えた大きな負担があると思います。
DVD付属のリーフレットで拓郎自身がライブハウスという選択肢についても言及していましたので、少し大きめのライブハウスで連日公演という期待もあるのかも知れません。収益面の関係で規模やバックが変ってくるびでしょうね。
今回の「今夜も君をこの胸に」みたいにジャズっぽいのもいいかもしれません。ピアノ三重奏(ピアノ 1台、バイオリン 1本、チェロ 1台)をバックにしっとりと・・・なんて斬新なのを見たい気がします。いや、それにサックスも加えたいかな。いやいや、バイオリンだけと組んで弾き語りもいいぞ(精霊流しかっ!)。坂崎幸之助との漫談弾き語りライブとかは見たくないです(笑)。どうなんでしょう。若い頃の声は戻ってこなくても、LIVEをすることによって新しいアレンジで新しいバックと現代の洗練された演奏と録音の技術で残すことができるのは嬉しいです。多くは望みません。どんな形であっても続けてくれると嬉しいです。
そして「佳代さん縛り」を解いて、「オケイさん・美代ちゃん」に関係する曲もやってほしいです。いや、3人に限らず様々な「枝葉の彼女たち」の曲もやりましょう。1950~1960年代のオールディーズだけではなく、マイケルジャクソンやテイラースウィフトも歌ってほしいです(笑)。ムーンウォークもありですww
もう、がならなくてもいいでしょう。ボソボソ歌う拓郎、拓郎の朴訥した声も僕は好きーなんだ。