10年限界説
幻のアルバム
それは、何だかわからない
吉田拓郎アルバム「伽草子」に刻まれた時代の空気【恋愛と婚姻と性愛と拓郎 vol.4】
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時代が少しは変わっているけど 狂ったところは今も同じさ
「俺が愛した馬鹿」(1985)
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「オンステージⅡ」の作品群にも、時代の狂気が憑依しているように思います。
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大きな夜につつまれて 僕はなぜだかこわかった
【中略】
大きな夜につつまれて 僕はひとりがこわかった
「大きな夜」(1971)
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確かに、当時の夜はまだまだ暗くて、怖かったです。名曲「真夜中のギター」とはまた違った趣がありますね。「ここにおいでよ、みんな孤独でつらい」なんていう呼びかけ(連帯)はありません。夜が怖くて孤独だという身も蓋もない個人的な詩です。作曲者である拓郎本人の意図を超えて、当時の夜(「夜」にメタファーされた「社会」)の怖さが伝わってくるような気がします。歌詞だけではなく、メロディーや演奏や歌声がそれを(本人の意図を超えて)表しているように感じます。
「大きな夜」に続いて歌われる「僕一人」もまた、身も蓋もない個人的趣向を「中近東風」(本人談)の不思議な魔力を持ったアレンジで聴かせます。Beatlesの"Here Comes The Sun"にもちょっと似ているような。
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一人でいたい 座っていたい
一人でいたい ベンチと僕
「僕一人」(1971)
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でも僕には関係ないことだ 自分のことだけで精一杯だ
「準ちゃんが吉田拓郎に与えた偉大なる影響」(1971)
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これもまた、個人的な曲ですね。特定ができる個人の名前を出してどストレートに長尺で、愛憎を告白しています。しかもアルバム冒頭w。地方に残してきた元恋人が気がかりなのだけれども、「自分のことで精一杯」だと正直に言ってしまう一方で、時代のうねりの中で変わってしまう自分を哀しんでいるようにも聞こえます。
女の娘 女の娘 何とかならないか
何とかしてよ 女の娘 せめて僕が恥をかく前に
「何とかならないか女の娘」(1971)
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ある夜 悪い男のために 混血娘と笑われて
日本人にだまされた 日本人が傷つけた
「日本人になりたい」(1971)
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こちらはモロに時代をスケッチしています。1970年代前半はまだ、戦後の風景を残していましたね。バラックや傷痍軍人。特に広島には大きな傷跡が残されていたと思います。多分、個人的にハーフの女の子に思い入れがあって作られたのだろうと思います。
「ポーの歌」と「恋の歌」といった故郷の青春ソングが含まれているのも興味深いです。1970年代前半はまだまだ農耕型社会であり、牧歌的でありました。光あるところに影がある(サスケ)。
押し黙る
淡いスケッチが続く「オンステージⅡ」の中で、やや主張の強い歌詞だなと思うのが「かくれましょう」です。作詞は岡本おさみです。
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怒りは奥に飲み込み 悲しみは微笑みに変える
本音は衝動で吐くものではありません
かくれましょう かくれましょう
かくれましょう かくれましょう
結局のところ いつかは開き直る時が来る
時期を 待ちましょう
「かくれましょう」(1971)
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「花嫁になる君に」が岡本おさみとの初の共作だと言われることがありますが、もしかしたらこの曲の発表時期の方が先なのかもしれません。この曲は「COMPLETE TAKURO TOUR 1979 [Disc 2]」(1979)や「Oldies」(2002)にも収録されています。なんと「Oldies」では最終曲という位置づけです。「黙り込んで待つ」という姿勢は、その後の作品にも繰り返し出てくる姿勢です。
空を飛ぶことよりは 地を這うために
口を閉ざすんだ 臆病者として
「人生を語らず」(1975)
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拓郎は自分でも太鼓持ちだと言っており、実際サービス精神が旺盛で、陽気で明るいという側面があります。「オンステージⅡ」のMCでも、ファンに対して余計な(笑)おしゃべりをする正直者の拓郎の姿が垣間見えます。落花生とか(笑)。それと同時に、何かを飲み込み、押し黙っているイメージもあります。
①話さないと決めてずっと話していないこと。
②話さないと決めていたけど時効となって話してしたこと。
③話してはいけないのについ話してしまったこと。
④話したくて仕方なくて、話しまくること。
など、「拓郎と黙秘」には、いくつかのパターンがあります。身内に話してもファンには話さないことも多々あるようです。
名盤認定
「オンステージⅡ」の後にも、公式音源としては残っていない「ライブのみでの発表曲」がたくさんあるのも、拓郎の創作活動の特徴でもあります。押し黙るというパターンに似ていて、「ライブでファンに対しては歌うけれど、決して公式音源としては残さない」というある種の場面緘黙戦略なのでしょう。
少々粗削りなそれらの楽曲の中でも、「オンステージⅡ」として一時期非公式ながら販売されたこの作品群は、そろそろファン歴が50年に近づいてきた私の胸に刺さりました。拓郎自身には公式アルバムとして認定されていない「オンステージⅡ」ですが、私が認定しましょう。
「名盤です。」